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王冠と征服·2/2·4
Photograph of Windsor Castle

The place

Windsor Castle

ガーター勲章の誕生

ある女性の落としたガーターが、世界最古にして最高格の騎士勲章を生んだ

1348 AD — PresentWindsor Castle

装の「事故」が、史上もっとも格式の高いクラブを生んだ——と聞いたら、信じられるだろうか。1348年、イングランド国王エドワード3世は盛大な舞踏会を開いていた。クレシーの戦いでフランス軍を叩きのめしたばかりの戦士王だ。城には騎士、貴族、国中の実力者が集まり、ワインが注がれ、音楽が鳴り響いていた。そして、すべてを変える一瞬が訪れる。

舞踏会の華は、ジョアン・オブ・ケント。イングランド随一の美女と謳われ、国王が夢中だという噂の絶えない女性だった。踊りの最中、彼女の脚からガーター——ストッキングを留める絹のバンド——がするりと滑り落ちた。満場の前で。14世紀、ガーターは下着同然だ。現代に置き換えれば、考えうる最悪の「放送事故」。大広間は一瞬にして嘲笑で満たされた。

次の瞬間、エドワードは誰も予想しなかった行動に出た。フロアを横切り、腰をかがめ、ガーターを拾い上げたのだ。笑い声がぴたりと止まった。王はにやついた顔を一つ一つ見回し、ゆっくりと、見せつけるように、青い絹のリボンを自分の脚に結んだ。そしてフランス語で告げた——「Honi soit qui mal y pense」。邪な心で見る者にこそ、恥あれ。この一言は、七百年の時を越えて響き続けることになる。

「仏の顔も三度まで」と言うが、エドワードは一度きりの笑いすら見逃さなかった。たった一つの所作で、場の空気を完全にひっくり返したのだ。女性の屈辱が、王の宣戦布告に変わった。このガーターを新たな騎士団の象徴とする——今夜笑った者たちが、いずれひざまずいてこの名誉を請う日が来る、と。そして彼は有言実行の男だった。こうして創設されたガーター勲章は、約700年を経た現在も、世界最古にして最高格の騎士勲章であり続けている。

エドワードはアーサー王と円卓の騎士を手本にこの騎士団を設計した。14世紀において、アーサー王伝説はおとぎ話ではなく、人々が真剣に信じる歴史そのものだった。定員は伝説の円卓と同じ24名。本拠地にはウィンザー城が選ばれた。ただし、名誉職ではない。創設メンバーはイングランド最強の猛者ぞろいで、王の息子エドワード——「黒太子」の異名を持つ、ヨーロッパ全土を震え上がらせた武人——もその一人だった。この称号は戦場で勝ち取るものであり、宴席で手に入るものではなかった。

騎士団の聖地は、ウィンザー城内の聖ジョージ礼拝堂だ。息を呑むゴシック建築の傑作で、十人の国王・女王が眠っている。堂内には1348年以来すべてのガーター騎士の紋章が刻まれた席が並び、頭上には色鮮やかな旗がはためく。毎年6月、新たな騎士が深い青のビロードのローブをまとい、巨大な白い羽飾りの帽子をかぶって城内を練り歩く。まるでファンタジー小説から抜け出してきたかのような光景だ。観衆は今も歓声を送り、この儀式は約700年間、ただの一度も途絶えたことがない。

そして何より驚くべきことがある。今日に至るまで、ガーター勲章は英国君主が個人の判断で授ける。首相の推薦も、委員会の審査も、政治的な駆け引きも一切介在しない。王か女王がただ一人で決める。ウィンストン・チャーチルがこの勲章を受けた。ナポレオンを破ったウェリントン公爵も受けた。そのすべての始まりは、あの舞踏会のたった一瞬に遡る——女性の恥辱を国の最高栄誉に変え、文句があるなら言ってみろと世界に啖呵を切った、一人の王の決断に。

物語の教訓

真の騎士道精神とは、嘲りを誇りに変える気高さのこと——たった一瞬の決断が、七世紀を超える伝統を生んだ。

登場人物

E
Edward III — King of England, founder of the Order of the Garter
J
Joan, Countess of Salisbury ("The Fair Maid of Kent") — The lady whose fallen garter inspired the Order
E
Edward the Black Prince — Founding Knight and the most feared warrior in Europe
H
Henry of Grosmont, Duke of Lancaster — Founding Knight
S
Sir John Chandos — Founding Knight and master tactician
K
King Arthur — The mythic model upon whose Round Table the Order was consciously based

出典

Jean Froissart's "Chroniques" (c. 1370s), Elias Ashmole's "The Institution, Laws and Ceremonies of the Most Noble Order of the Garter" (1672), Lisa Jefferson's scholarly research on the Order's founding, Historic Royal Palaces archives