歴代のローマ教皇すべてを記した文書がある——とされている。12世紀に書かれたというこの文書には、112のラテン語のフレーズが並ぶ。一つのフレーズが一人の教皇に対応し、最後の一行はこう告げている。末代の教皇はローマが燃え落ちるのを見届ける、と。多くの数え方に従えば、教皇フランシスコが112番目にあたる。彼は2025年4月に亡くなった。だがカトリック教会は、次の教皇を選出した。リストは尽きた。教会は尽きなかった。
この予言は、聖マラキというアイルランドの大司教に帰せられている。1139年にローマを訪れた際、未来の教皇たちの姿が次々と幻視に現れたのだという。劇的な話だ。だが問題がひとつある。この予言が日の目を見たのは、400年以上も後のことだった。1595年、ベネディクト会の修道士アルノルド・ヴィオンがようやく出版する。歴史家たちはすぐに気づいた——1595年以前の予言はどれも、対応する教皇にぴたりと一致する。不自然なほどに。ところが1595年以降になると、記述は途端にぼやけ、どうとでも読めるものに変わっていた。
それでも、後の時代の一致のなかに、偶然では片付けにくいものがある。1903年から1914年まで在位したピウス10世のフレーズは「Ignis ardens」——燃える炎。彼はまさに、教会に押し寄せる近代思想と生涯をかけて闘った教皇だった。ヨハネ・パウロ1世には「De medietate lunae」——半月。1978年に教皇に就任しながら、わずか33日で急逝した。その死をめぐる陰謀論は、今なお消えていない。
そして、誰もが恐れていた瞬間が訪れる。2013年、教皇ベネディクト16世が600年ぶりの決断を下した——みずから退位したのだ。マラキのリストでは111番目、最後から2番目にあたる。彼のフレーズは「Gloria olivae」——オリーブの栄光。彼が選んだ教皇名はベネディクト。そしてベネディクト会にはオリヴェターノと呼ばれる分派がある。偶然か、予言の成就か——その符合に背筋が凍った人は少なくない。なぜなら112番目が、最後だからだ。
最終項だけが、それまでのパターンを完全に破っている。短いフレーズではなく、丸々一段落が書かれているのだ。「聖なるローマ教会への最後の迫害のさなか、ローマ人ペトロが聖座に就く。彼は多くの苦難のなかで羊を養い、すべてが終わったとき、七つの丘の都は滅び、畏るべき審判者が民を裁く。終わり」。七つの丘の都とは、ローマのことだ。113番目は、存在しない。
アルゼンチン出身の枢機卿ベルゴリオが教皇に選ばれたとき、彼が名乗ったのは「フランシスコ」であって「ペトロ」ではなかった。信者たちは動揺した。彼のイタリアの血筋を引き合いに出し、ローマ司教にして聖ペトロの後継者なのだから実質「ローマ人ペトロ」だ、と解釈する者もいた。リストを数え直す者もいた。だが2025年4月にフランシスコが世を去ると、枢機卿たちはシスティーナ礼拝堂に集まり、何百年と続けてきたことをもう一度繰り返した——新たな教皇を選んだのだ。ロバート・プレヴォストがレオ14世となった。リストは尽きた。教会は続いた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と言う。占いなんて当たろうが外れようが、所詮は占いだ、と。だがこの予言は、その割り切りを許してくれない。おそらく1590年代の聡明な修道士が、過去の項目を巧みにでっち上げ、先の分はいかようにも解釈できるよう書いた。ただの偽作だ。それなのに500年近く、世界中が教皇を数え続けてきた。システィーナ礼拝堂から白い煙が上がるたびに、人々はマラキのリストに目を落とす。当たるも八卦、当たらぬも八卦——そう割り切れるなら楽だろう。だが予言の本当の力は、的中するかどうかにはない。「もしこれが本当だったら?」——人はその問いを、どうしても手放せないのだ。
