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王冠と征服·1/1·3
Photograph of Saqqara & The Step Pyramid

The place

Saqqara & The Step Pyramid

イムホテプ:古代世界のレオナルド・ダ・ヴィンチ

石造建築を発明し、神になった石工の息子

c. 2670 BCSaqqara & The Step Pyramid

元前2670年ごろ、ナイル川流域で一人の子どもが生まれた。偉大さとは無縁の家柄だった。父は石工——貴族でも王族でもない、ただの職人だ。しかしこの子——イムホテプ——はやがてファラオ・ジェセルの宰相、主任建築家、ヘリオポリスの太陽神ラーの大神官、そして王室の侍医になる。すべて同時にだ。古代エジプトの歴史上、王族以外でこれほどの地位を兼ねた人間は他にいない。

だが彼の最大の功績は、人類の文明そのものを変えた一つのアイデアだった。それまでファラオたちはマスタバと呼ばれる墓に埋葬されていた——日干しレンガで造った平らな長方形の構造物で、立派ではあるが永続的ではない。イムホテプはこの墓を見て、誰も問うたことのない疑問を抱いた。「切り出した石灰岩で、空に向かって積み上げたらどうなるか?」こうして生まれたのがサッカラの階段ピラミッドだ。石灰岩のブロックを6段に積み、高さ62メートル。人類史上初の巨大石造建築である。

技術的な困難は想像を絶した。これほどの規模で石を切り出し、運び、積み上げた前例はない。イムホテプは建設しながらすべてを発明しなければならなかった——均一なブロックを切る技術、何トンもの石を高所へ持ち上げる方法、62メートルの塔が自重で崩壊しないための工学的解決策。発掘調査によると、設計は工事中に何度も変更されている。最初はただのマスタバから始め、拡張し、その上に段を重ねていった。造りながら学んでいたのだ。

完成したのはピラミッドだけではなかった。15ヘクタールに及ぶ巨大な葬祭殿群だ。白い石灰岩の壁に囲まれ、14の偽扉と唯一の本物の入口がある。儀式の広場、神殿、礼拝堂——ファラオの永遠の安息のために設計された一つの都市。そのすべてが一人の人間の頭脳から生まれた。

だがイムホテプの才能は建築にとどまらなかった。古代の記録は、何千年も読み継がれた医学書を彼の著作としている。エドウィン・スミス・パピルス——紀元前1600年ごろの外科マニュアルで、イムホテプ時代の文献に基づくとされる——は48の外傷症例を合理的かつ実証的に記述している。他の者が呪文を唱えているとき、イムホテプは観察し、診断し、治療していた。この水準の医学的厳密さは、2000年以上後のヒポクラテスまで現れなかった。

「三度目の正直」という言葉があるが、イムホテプの運命はこれを最も壮大な形で証明した。最初、彼は賢い人間として敬われた。次に、伝説の賢者として。そして三度目——民衆は彼を神にした。古代エジプト末期、死後2000年以上が経った時代に、イムホテプは医学と知恵の神として崇拝されていた。ギリシア人は自らの治癒神アスクレピオスと同一視し、その信仰は地中海世界全体に広まった。

イムホテプは、王族の血を持たずに神となった唯一のエジプト人だ。征服や富によってではなく、知識が世界を変える力によって。世界初の石の山を築いた石工の息子——数千年後の今も、私たちに伝えている。本当の偉大さは生まれで決まらない。自らの手で築くものだ。

物語の教訓

本当の偉大さは生まれで決まらない。好奇心と勇気を持った一つの頭脳が、世界を永遠に変えることができる。

登場人物

I
Imhotep
P
Pharaoh Djoser
A
Asclepius (Greek equivalent)

出典

Wildung, D., Imhotep und Amenhotep; Lauer, J.P., Saqqara: The Royal Cemetery of Memphis; Edwin Smith Papyrus