紀元前1110年頃、エジプト。ファラオたちは何百年にもわたって、王家の谷に死者を葬ってきた。地下の墓には黄金や宝石が積み上げられ、神にして王である者が来世で必要とするすべてが揃えられていた。だがラメセス9世が王位に就いた頃、帝国はもう限界だった。不作が続き、労働者たちは何ヶ月も賃金をもらっていない。そしてテーベで最も貧しい村のすぐ隣に、一般人が一生かかっても目にできないほどの黄金が眠っている。何が起きたかは、説明するまでもないだろう。
事件の発端は、犬猿の仲だった二人の市長だった。東テーベ——生きている人間の街——の市長パセルが、王家の墓を管轄する西岸の市長パウェラを告発した。墓泥棒を黙認している、それどころか上前をはねているのではないか、と。これは単なる政治抗争ではない。古代エジプトにおいて、ファラオの墓は現代人の想像を絶するほど神聖だった。王の墓を荒らすのは窃盗ではなく、宇宙の秩序そのものへの冒涜だった。
政府は役人を送り、墓を調べさせた。結果は惨憺たるものだった。墓という墓が暴かれていた。棺は叩き壊され、ミイラは布を剥がれ、指輪もお守りも黄金も一切合切持ち去られていた。永遠に残るはずだった副葬品が、地元の市場で売りさばかれていたのだ。捜査が職人の村に及ぶと、掘るほどに事態は深刻さを増した。石工、神官、警備兵、そして墓を守ることが仕事の役人たちまで——全員、手を染めていた。
その後の裁判は、人類史上最も衝撃的な法廷記録を残すことになる。自ら口を開いた者もいた。だが多くは拷問で白状させられた——足の裏を棒で何度も打ちつけ、話すまでやめない。最も有名な自白をしたのは、アメンプヌフェルという名の石工だった。ファラオ・ソベクエムサフ2世の墓に押し入った顛末を、まるで朝食の献立でも話すかのように淡々と語った。
彼の言葉は、パピルスに記されて3000年以上の時を超えた。「いつものように墓を荒らしに行った。奥の埋葬室に神が横たわっていた。ミイラから黄金を集め、お守りや宝石も回収した。棺には火をつけた」——いつものように。まるでいつもの出勤と変わらない口ぶりだ。盗んだ黄金は八等分された。追い詰められた末の犯行ではない。これは古代の組織犯罪だった。
「衣食足りて礼節を知る」と昔から言う。だがこの事件はその裏側を証明した——衣食が足りなければ、神聖さすら意味を失うのだと。首謀者たちはほぼ確実に処刑された。しかし盗掘は止まらなかった。経済は崩壊し、西テーベの飢えた労働者にとって、王家の黄金こそが唯一の命綱だった。ついに王家の遺体を守る神官たちは、墓の防衛を諦めた。代わりに密かにミイラを運び出し、二つの場所に隠した——あまりにも巧みに隠したため、約3000年間、誰の目にも触れなかった。
1800年代、ついにその隠し場所が見つかった。エジプト史上最も偉大なファラオたち——ラメセス大王、セティ1世、トトメス3世——が、飾りもない粗末な棺に詰め込まれた状態で発見された。副葬品はすべて消えていたが、遺体は無傷だった。神官たちはファラオを自国の民から隠すことで、完全な消滅から救ったのだ。
3000年前、一人の石工は地上で最も神聖な墓を眺めて、こう思った——あの黄金、死人には何の役にも立たない。盗掘パピルスが伝えているのはシンプルな真実だ。どれほど神聖な財宝も、飢えた人間の前では無力である。そして守る側と盗む側の境界線は、私たちが信じたいよりも、ずっと薄い。
