レバノンに、パルテノン神殿より大きなローマの神殿がある。しかも、ほとんど誰もその存在を知らない。バールベックのバッカス神殿は高さ三十一メートル。柱はアテネの至宝の倍近い高さを誇り、紀元一五〇年頃に建てられた、地上で最も保存状態の良いローマ神殿だ。一九三〇年代にここを訪れたアメリカ人冒険家リチャード・ハリバートンは、この場所を「幸福の宮廷」と呼んだ。地元の人々が何百年も使ってきた名前だという。だが、ここで起きていたことを「幸福」の一言で片づけるのは、あまりにも甘い。
その答えは、入口に刻まれている。高さ十三メートルの扉口は、古代建築で最も華麗な入口と言われる。石の表面を埋め尽くすのは、葡萄の蔓、髪を振り乱して踊る女たち——酒神ディオニュソスに付き従った「マイナス」と呼ばれる狂信的な女性たちだ。よく目を凝らすと、蔓の間にケシの花が絡みついている。葡萄。穀物。ケシ。古代の密儀宗教における三つの聖なる物質が、門に刻まれている。まるで警告のように。この扉をくぐれば、あなたは二度と元の自分には戻れない。
ここは「バッカス」に捧げられた神殿だ。バッカスとはギリシャの酒神ディオニュソスのローマ名で、ワインと狂気と再生を司る神である。この場所での崇拝は祈りではない。入会の儀式だった。志願者は十日間の断食を経て、夜、紫の衣をまとい蔦の冠を戴いて殿内に入る。彫刻の柱が並ぶ長い回廊の先に「アデュトン」——至聖所がある。床より一段高く、入会者だけが足を踏み入れることを許された。その真下には隠された地下室があり、そこから祭司が神託をささやく。声は床の隙間を通って、頭を垂れる信者の耳に届いた。
儀式の頂点は、死だった。比喩的な意味での、穏やかな死ではない。入会者はバッカスそのものになる。神話によれば、バッカスは幼児の頃にティターン族に八つ裂きにされ、貪り食われ、そしてゼウスの手で蘇った。儀式では、ティターンの仮面をつけた祭司たちが跪く志願者を取り囲む。ポンペイの「秘儀荘」に描かれた壁画には、翼のある存在が裸の背を鞭で打つ場面が残されている。罰ではない。これは破壊だ。古い自分を砕かなければ、新しい命は芽吹かない。
「仏の顔も三度まで」という言葉がある。三は限界を意味する数字だ。しかし、バールベックでは三は限界ではなく、始まりだった。門に刻まれた三つの聖なる物質の最後にして最重要のもの——それがワイン、すなわち神の血だ。古代のワインは現代よりずっと度数が低い。だから学者たちは、儀式のワインに薬草や蜂蜜、そしておそらく門に刻まれたあのケシから採れたアヘンが混ぜられていたと考えている。志願者は杯を飲み干し、自我が溶ける。そして、すべてが向かっていた瞬間が訪れる。復活だ。打ち砕かれ、涙に暮れた者が「歓喜のうちに生へと戻された」。ギリシャ語でこの体験を「エクスタシス」と呼ぶ。直訳すれば「自分自身の外に立つこと」。英語の「ecstasy」の語源だ。
だが、ここで祀られていた神は純粋なギリシャやローマの存在ではない。ローマ人がこの地に来るはるか前から、フェニキア人はこの同じ場所で死と再生の神を崇めていた。その名はアドニス。カナン語で「主」を意味する言葉に由来する。毎年春になると、近くの川が山から流れ出る鉄分を含んだ堆積物で赤く染まる。古代の人々はそこに、自らの神の血を見た。ローマ人はバッカスをアドニスに重ねた。二柱の死と再生の神。一つの神殿。そしてこの谷のあらゆる文明が、互いに知ることなく辿り着いた一つの真理——最も深い神秘は生でも死でもなく、その間を渡る瞬間にある。
神殿はいまも立っている。扉口には葡萄の蔓とケシの花が刻まれたまま。床下の地下室はいまも闇の中に沈んでいる。千六百年もの間、ここで祈りを捧げた者はいない。だがこの神殿は、それを手にしたすべての帝国を見送った。ローマ、ビザンツ、アラブ、オスマン、フランス。石は帝国に興味がない。この石を彫った者たちは、世界と世界をつなぐ扉を作っているのだと信じていた。そして扉というものは、たとえ打ち捨てられても、かつてそこを通り抜けたものの形を、ずっと留めている。
