西暦473年、スリランカの王子カッサパは実の父を殺した。父ダートゥセーナはアヌラーダプラの王で、カラ・ウェワという六千エーカーの巨大貯水池を造り、王国中の水田を潤した建設王だった。だがカッサパの母は身分の低い女性で、王位は正妻の息子——異母弟のモッガラーナに約束されていた。
カッサパは、その運命を受け入れなかった。王の甥ミガーラは軍の総司令官で、自分の母をダートゥセーナに処刑されていた。復讐心と野望が手を結んだ。二人はクーデターを起こし、老王を捕らえた。そしてカッサパは父をカラ・ウェワの岸まで引きずっていき、国庫の在処を吐けと迫った。老王は水辺にひざまずき、鎖につながれた両手で水をすくい、静かにこう言った。「これが、私の全財産だ」
民に水を与えた王の、最後の誇りがその一掬いの水にあった。だがカッサパの耳には届かなかった。彼らは老王の衣を剥ぎ、鎖で縛り上げ、生きたまま煉瓦の壁の中に塗り込めた。ダートゥセーナ——民に壁の造り方を教えた王が、その壁の中で、闇の中で、息絶えた。
仏教において父殺しは五逆罪の筆頭、どんな修行を積んでも償えない。アヌラーダプラの僧侶たちはカッサパを王と認めることを拒んだ。民は彼を「父殺しのカッサパ」と呼んだ。弟モッガラーナは海を渡り南インドへ逃れ、奪還の兵を集め始めた。王冠はカッサパの頭上にあった。だがそこに名誉は、一片もなかった。
そこでカッサパは前代未聞の決断を下す。聖なる古都を捨て、王国ごとジャングルの奥にそびえる一枚岩の上に移したのだ。シーギリヤ——平地から垂直に百八十メートルそびえ立つ花崗岩の塊。頂上はサッカーグラウンド二面分ほどしかない。僧侶たちが何世紀も洞窟で瞑想してきた場所だが、上に住もうとした者はいなかった。カッサパはこの岩を見上げ、どんな軍にも攻められず、どんな僧にも裁かれない玉座を見た。
十八年をかけて彼が築いたものは、息を呑むしかない。麓には精緻な水庭園が広がり、その噴水は千五百年後の今も動く。岩壁には天女のフレスコ画が描かれ、鏡のように磨き抜かれた石壁が続く。そして入口には高さ二十メートルの巨大な石造ライオンがそびえ、人はその口の中をくぐって頂上へ登った。頂上にはオリンピックプール大の水槽が一枚岩から削り出され、本格的な宮殿が広がっていた。
カッサパは自らを神王と宣言した。金貨を鋳造し、交易港を開き、自分を拒んだ僧侶にまで寺院を寄進した。壁画の一枚一枚、噴水の一つ一つが同じことを叫んでいた——俺にはその資格がある、と。だが「身から出た錆」とはよく言ったもので、壁をどれだけ磨き上げても、錆は内側から湧いてくる。カッサパが造ったのは楽園ではなかった。世界で最も美しい牢獄だった。どれほど高い岩の上に逃げようと、自分の中に棲みついた裁きからは、誰も逃げられない。
